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【主治医が見つかる診療所】がん告知を家族にどう伝える?現役医師が肺がん告知を家族に伝えた実際のエピソード

 2016年10月3日に放送された「主治医が見つかる診療所」にて

 がん告知を家族にどのように伝えればよいのか?現役医師が自分が肺がんになった時のエピソードを交えて紹介していました

 

がんを語るうえで避けては通れないがんの告知

もし自分ががんになったらどうするか?家族に何と伝えるか?について実際に現役医師でがん告知をされた方のエピソードを紹介して取り上げていました

 

横浜市にある平和病院の院長を務める高橋修医師

51歳の働き盛りの時、15歳と9歳の子供がいる時に肺がんになりました

現在はがんの患者やその家族に対し体の痛みの緩和や心のケアなどを中心に治療を行っています

高橋修医師がどのように家族に肺がんを告げたのか?そしてどのように克服したかを番組では詳しく解説していました

 

 

 51歳の時にがん告知!あきらめるわけにはいかない

 

 


高橋医師ががんを発症したのは51歳の時。

当時この病院の院長になって4年目を迎えたばかりで患者さんたちにとってよりよい病院を目指すため休みなく働いていました

そのため家で過ごす時間が少なくなり妻や2人の子どもたちと会話する機会もほとんどなかったそうです

 

そんな働き盛りの真っただ中の時にがんは見つかります

今から12年前の5月、その年たまたま受けた胸のCT検査で怪しい影が見つかります

肺の中にはっきりと写った不穏な白い塊・・・

 

 

その後、呼吸器外科を専門としている大学時代の後輩に相談。すると肺がんだと診断されます

それまで患者さんには何度もがんを告知してきた高橋医師ですが、自分が告知されるのは生まれて初めてのこと

がん告知された高橋医師はまだまだ51歳でやりたいこともあり、病院も大変な時期だったのであきらめるわけにはいかない・・・治療をできるだけやると思ったとのことでした

 

 

 

肺がんは誰にも起こり得る事

 

 

 

仕事が忙しかったものの、ある程度の睡眠時間はとっており、タバコも吸わずに酒もほとんど飲まなかった高橋医師

一般的には胃がんのリスクを上げる要因には喫煙、大気汚染などで上がると言われていますが煙草を吸わない人でも肺がんになる人は増えていて、どんな人でも油断はできないのです

高橋医師の場合も特に不摂生していたわけではありませんでしたが肺がんを発症してしまいました

 

そんな高橋医師ですががんと闘っていくにあたり、まず考えたのは家族の将来の事だったそうです

 

 

高橋医師「もし自分が何かあった時に生活ができるかどうかを考えるわけですけど、妻はその時 仕事をしてなかったわけですから生活がどうなるんだとか・・・

そういう将来の事で相当 心配もさせるし迷惑もかけるし苦労もかけるというのがわかりましたんで辛いところでしたね」

幸いにも肺がんの大きさは小さいものだったので、手術を行えばすべて取りきれる可能性が高かったそうです

しかしその前に肺がんを家族に告知する必要がありました

 

 

 

家族へのがん告知、その時の心境は?.

 

 

 

 

まずは長年連れ添った妻に自らのがんを伝える事にします。その日は精密検査の最終的な結果が出る日

高橋医師は妻を病院に呼んで「肺がんに間違いないだろうって・・・」と告げます

自分だけで抱えるよりは一緒に共有してくれる妻がいたことが力強かった、自分の気持ちも楽になるとその当時の事を振り返っていました


しかし思春期の肺がんの事実を伝えるのはかなり悩んだそうです

当時私立に通っていた中学2年生の娘とこれから私立中学に通わせたいと思っていた小学4年生の息子

その息子は間もなく受験の時期を迎えようとしていました

高橋医師は妻とじっくり相談し結局子どもたちには伝えない事にしました

子供達には余計な心配をかけずに勉強や習い事に集中してもらいたいという気持が強かったといいます。

 

しかし結果として子どもたちに高橋医師のがんは気づかれてしまいます

それは皮肉なことに高橋医師自身の心の変化が原因でした

がんになって生活の仕方を大きく変えた高橋医師は子どもたちとの時間を大切にするため休暇を取って家族で出かけたり、遅く帰ってきたあと子どもたちの寝顔を長い間見つめていたりすることも増えていったそうです

 

そんな父親の変化に娘は気づいてしまったんですね

いつものように家族で食事をしていた時のこと、「もうすぐ手術するんでしょ?それってがんでしょ?」という娘の質問に高橋医師は「そうかもな・・・」と言うつもりもなかったがん告知をしてしまったのです

結局、高橋医師は2人の子どもに正直に自分のがんについて話すことにしました

 

がんはそれほど進行していないの子供を残して逝く事はないという事を伝えたそうです

そしてまもなく手術を迎えようとしていたある日のこと、リビングでふとカレンダーに目をやると手術の予定日の5日後に参観日がある事に気づきます

それまで仕事が忙しく息子の参観日に行ったことがなかった高橋医師

しかしその授業参観だけはどうしても行かなければならないと思ったそうです

 

 

 

がん手術を受けた後に参観日へ・・・

 

 

 

そして手術当日、患者として始めた入る手術室

覚悟はしていたつもりでもいざ手術を受けるとなると湧き上がってくる言いようのない不安があったとのことでした

手術から5時間後、麻酔から目覚めた時そこには妻の顔がありました

無事手術は成功

命を取りとめた橋医師はこの時に真っ先に息子の授業参観日のことを考えていました

そして手術の5日後には退院した高橋医師は参観日に行くことになります

開始時間には遅れたものの途中から授業を受ける息子の姿を見ることができました

父がやってくることを期待していなかった息子にとってそれは最高のサプライズとなりました

橋医師は授業が終わったとき息子からかけられたある言葉が今でも忘れられないといいます

それは「おかえり」という言葉でした

おかえり、ただいまというのは普通の会話ですが、その時は本当に帰って来たんだと実感したそうです

 

無事生還し今では趣味の時間も取り人生を謳歌しているという橋医師

最後にがんを経験した事でどんな事を感じるようになったのか?という質問に次のように答えていました

 

高橋医師「日常生活の中で自分と触れ合ってくれる人たちに結果として支えられていた。そういう気持ちはいつもしていますね」

 

 

 

今回の医師が肺がんになり家族に告知するエピソードを見て番組主治医たちは次のように解説していました

 

森山先生「私は1,000人以上の人告知してると思うんですけれども、まず正確に相手が理解できる言葉であるということですね

それから家族の方は私の場合には中学に入ってる方だったらできるだけ連れてきてくださいってことで

それから私が気を付けてることは医者の方からまくしたてない

あんたなんで何とかでこれはまだ早期だけど中期でどうのこうのじゃなくて、出来るだけ相手から質問を受けるということですね

 

人間というのは自分が質問したことは理解できますから、だから医者の方があまりしゃべらないで出来るだけ質問を受けさせる」

 

がんになったらがん告知を医師からされて、家族にがん告知をしなければいけません

その時にどのように行動するのが良いのか?考えておく必要はあるかもしれませんね